福岡高等裁判所 昭和54年(う)250号 判決
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【説明】
本件は、福岡県高教組本部執行委員である被告人両名が、昭和四八年六月八日午後八時ころ、同県立浮羽東高校会議室において同校校長と職場交渉中の組合員約三〇名を支援するため、他の組合員約一八名と同会議室に入つたところ、同校長が交渉打切りを宣言して退室しようとしたため、他の組合員多数とともに右退室を阻止し、翌九日午前四時四〇分ころまで、同校長を同室から脱出できないようにして不法に監禁した旨の公訴事実に対し、一審裁判所が、本件組合員らの行為は同校長が会議室から脱出することを不可能又は著しく困難ならしめるような心理的障害を作出したとは認められないとして無罪(右の過程で被告人一名が同校長に傷害を負わせた旨の公訴事実についてのみ有罪)の判決を言渡したため、検察官が控訴していたものである。
【判旨】
一検察官の控訴趣意について。
所論は、要するに、被告人両名らが寿美法道校長(以下校長という。)を学校の会議室内に監禁したことは、校長が当日午後八時ころ交渉打切りを宣して同室から退出しようとしたのを、被告人両名でもつて数回校長の腕をつかんで引き止め・引き戻す等の暴行を加え、妨害していること、更に午後九時ころ教育委員会からかかつてきた状況報告に出頭せよとの電話を事務室で受けたので、付近で監視していた被告人両名らに対しその旨を伝え、出頭のため校長室に入ろうとした校長を、被告人両名が左右から両腕をつかんで連行し、途中廊下両側の窓枠に両手でしがみつくのを引き外すなどの暴行を加え、無理やり会議室に連れ戻していること、翌日午前四時過ぎころ、神山審議監らが救出に来たことを知るや、一時会議室扉を机で塞ぎ、窓にも錠をするなどしており、また校長がこの機会に脱出しようとするのを暴力で妨害していること、しかも会議室内には約五〇名もの組合員がいて、校長の座席を取り囲むように椅子を並べていたから、校長としてはこれらの椅子や組合員を押し分けるなどの実力行使に出ない限り外に出ることが不可能であり、このような挙に出ても直ちに捕まり押し返されること必定な状況にあつたこと、以上のように校長にとつて会議室から脱出することを不可能として断念させるに足る物理的障害があつたほか、会議室では、被告人佐藤が原判決罪となるべき事実記載の暴行等に及び、その他被告人両名・組合員らが校長に数々の脅迫的、侮辱的言動に及んでいるから、これらにより畏怖した校長としては、脱出しようとすれば更にどのような暴行を加えられるかもしれないと、脱出を諦めざるを得ない状態にあり、したがつて心理的にも脱出が著しく困難な状況にあつたこと等に徴し明白であり、かように被告人両名らが、会議室から脱出しようとする校長に対し暴力行為を加えたのは、校長を会議室に監禁し一方的に威圧して組合側の要求を無理矢理に認めさせる意図のもとに行われたものと断ぜざるを得ないと論じ、本件監禁の訴因について、被告人らの一連の行為は校長の会議室からの脱出を不可能又は著しく困難にしたものとみるだけの証明が十分でないとして無罪を言渡した原判決は、本件交渉の法的性格などを誤解したため、交渉を打ち切つてその継続を拒み退場しようとした校長として当然の行動を不誠実と誤認したことに端を発し、校長が被告人らの言動によつて受けた心理的影響はさほど大きくないとか、校長に拘束の意識や脱出の意思がなかつたとか、被告人らの一連の行為は校長に交渉打切りの翻意を求めるためのもので、監禁のためとは認められないなどと事案の真相を看過し、結局事実を誤認したばかりでなく、原判決の無罪理由中には被告人両名らによる前記一連の暴力行為が認定されているのであつて、これらの行為だけをとつても優に監禁罪が成立すると解されるから、これを否定した原判決は、刑法二二〇条一項の解釈適用を誤つたか、正当行為に関する刑法の解釈適用を誤つて被告人両名の所為を違法性を欠くものとした瑕疵がある、これらの誤りはいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れないというのである。
記録を精査し、かつ当審における事実取調の結果に徴すると、本件交渉において被告人両名及び教職員ら多数の組合員が校長に対してとつた言動には常軌を逸するものがあり、監禁と言われても仕方がないような一面があるとはいえ、校長の態度等にも問題がないとはいえず、この点から未だ監禁の証明が十分でないとして無罪を言渡した原判決の判断が誤つているとまで断ずることは困難である。
すなわち、確かに校長は、当日の午後八時ころ被告人両名や支部オルグが会議室に入場してきた際には、「外部の者が入つてきたので交渉は打ち切る」との旨述べて同室から退出しようとし、また午後九時ころ県教育委員会から掛かつてきた電話を事務室で受けた際にも、「教育委員会の方から出頭して状況報告せよということだから行かなければならない」旨を言つて校長室に入ろうとし、これを制止されて会議室まで連れ戻された直後にも、委員会に報告に行くと言つて退場しようとしており、これらの機会に校長が交渉を打ち切つて会議室から出る(若しくは会議室に戻らない)意思をはつきりと表明していること、その都度主に被告人両名が交渉の継続を要求して校長を制止していること、すなわち、午後八時の段階では、椅子から立ち上つて出て行こうとした校長の両腕を、被告人両名が左右から掴んで引き止め、「なぜ出て行くのか、座れ」などと言つて二、三回椅子に座らせており、また校長が午後九時ころ校長室に入ろうとしたときにも、やはり被告人両名が教育委員会に出頭する必要はないと言つて左右から校長の両腕を掴み会議室に連れて行こうとし、途中その手を振りほどいて廊下両側の窓枠にしがみつき会議室には入るまいとするのを会議室入口まで連れて行つていること、校長は会議室入口から自席までは自分で歩いて行き、そこで「職務命令が出たので出頭しなければならない」と言つたが、被告人露口が「今の時刻に職務命令が出るはずがない、そういう県教委のやり方は使い古された手で、慌てることはない。」などと言い、交渉の継続を要求していること、しかも右午後八時ころから翌日の午前零時過ぎころまでの間の会議室の状況は、部外者の加わつた交渉には応じられないとの立場を堅持し殆ど無言のまま対応する校長と、この校長の態度に憤慨し発言応答を求める組合員らとが対立したまま交渉が進展せず、業を煮やした組合員らが口々に、「何故しやべらんか、無言は最大の暴力だ、多数決に従え、県教委のロボット」などと校長を面罵し、特に被告人佐藤においては原判示暴行に及ぶなど、非常識といつても過言でないありさまであつたこと等の事情は、所論指摘のとおり認められる。以上のような状況・被告人らの言動等は原判決も無罪理由中でこれを認めており、それにも拘らず、監禁罪の成立を否定しうるかどうかについてはかなり微妙な問題があると思われ、監禁罪が成立するという論旨にも一理ないとはいえない。しかし、事の経過を見ると、当日の交渉は、職員会議の成立要件や全員必須クラブ活動の問題など、校長にとつても自校の運営上重大な緊急に解決を要する懸案を含んでおり、したがつて校長としては自校の先生達とは夜を徹してでも論議を尽くす覚悟で交渉に臨んでいること、ところが午後五時三〇分ころから始められた交渉が、双方の意見対立のまま進捗せず、そのため午後八時ころ組合側の要請を受けて被告人両名などオルグが会議室に入つてきたのであるから、これを不可として交渉打切りを宣した校長の気持は十分理解できるが、交渉は相手のあることであり未だ何らの結論も出ていない此の段階では、校長に交渉の継続を要求し、単に部外者が入つてきたことだけを理由として出て行こうとするのを押し止めようとした被告人両名らの行動も、ある程度自然の成り行きであると思われること、しかもこの段階では被告人両名は、出て行きかける校長の両腕を掴んで引き止め二、三度椅子に腰を下させたにすぎず、その後一時間程は校長も会議室に止まつており、退出しようとする素振りさえ見せていないこと、もつともこの間校長に対しては、組合員らが散々面罵したり、被告人両名が喋べらぬなら立つとけなどと言つて椅子の前に立たせるなどしているが、これらは校長が無言の態度をとり続けたためにしたことで、校長の脱出を阻止するためにしたものとは考えられないこと、この間校長には、一言でいうと、毅然たる態度が余り見られないこと、何故なら、組合員らから何を言われ何をされてもただ無言の行を続けるだけであり、相当侮辱的な扱いを受けていることが明らかなのに、これに抗議するでもなく、又更に退場しようとするとか、部外者に退去を求めるとかした形跡さえなく、成行きまかせとも思われる態度に出ているからであること、見方をかえると、校長としては部外者の参加した交渉には絶対応じられないという自己の立場・信念を貫くためには、その場に止まつて無言でもつて組合員らの発言を黙殺することが最善の策と考えたのではないかとさえ思われ、当時の状況や校長の態度からは、少くとも校長が恐怖心から会議室を出ることをあきらめたものとは考えにくいこと、その後校長が教育委員会に出頭すると言つた際にこれを引止め、いやがる校長を会議室入口まで連れ戻した被告人らの行動及びこれに引続く被告人佐藤の校長に対する暴行は勿論許されないが、会議室に戻つてからの校長はそれまでと同様の態度をまたとるに至つていること、午前零時ころ妻からかかつてきた電話にも仕事中だからといつて出ていないこと、しかも午前零時過ころから約一時間、被告人両名やオルグが退室していた際は、自校の教職員と話し合いを行なつており、校長は部外者が参加さえしなければ交渉を継続する意思を捨て切つてしまつていたのではないことがうかがわれること、その後再度オルグが入場してからは暴行その他有形力の行使とみられるような行為は殆どなく、午前四時ころ教育委員会の神山審議監らが会議室前廊下に来た際、極く短時間会議室内側からドアの前に長机を置いたり、窓に施錠したりしているが、これらは明らかに同人らが交渉の場に入つて来ることを防止するためにとられた措置と考えられること、午前四時四〇分ころ神山が会議室ドアから顔を出し校長に手招きしたときには交渉を終了することで双方の意見が一致していたようであり、出口付近で多少混雑し校長の退出が若干手間取つているが、間もなく校長は室外に出ていること、なおその際校長が深夜せつかく救援にかけつけた教育委員会の者にろくに挨拶もしないまま帰宅していることが注目されること等の事情が認められ、以上の経緯に、当日の交渉が校長の管理する自校の会議室において行なわれており、しかも校長として今後の校務を運営していく上で相当重要と思われる事項に関する話し合いであつたため、これを自力で乗り切ろうとする姿勢が垣間見られること、したがつて事務室に折角待機させていた事務長にも何ら援助を求めておらず、教育委員会から校長の身を案じて数回にわたつて掛かつてきた電話にも、自ら進んで交渉経過を説明し救護を仰ぐという積極さが見られないで、むしろ教育委員会の側から救出を言い出されてようやくこれに応じたという感さえすることなどの諸点を合わせ考えれば、校長は、本気で会議室から脱出しようと思えばそれが必ずしも困難であつたわけではなく、被告人両名らによつて無理矢理そこに閉じこめられていたというよりは、むしろ校長自らの意思でその場にとどまつていたのではないかとの合理的疑いを免れない。
要するに本件は被告人らが校長をその意に反して会議室から外に出ることができないようにしたという、有罪の証明が十分でない場合にあたると認めるのが相当であつて、これと同様の見地から無罪を言い渡した原判決には事実の誤認も、したがつてまた法令の解釈適用の誤りもなく、趣旨は理由がない。
(徳松嚴 斎藤精一 桑原昭煕)